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浦和地方裁判所 昭和40年(ワ)349号 判決 1966年12月21日

原告 明和産業株式会社

右訴訟代理人弁護士 井出正光

被告 江間忠木材株式会社

右訴訟代理人弁護士 小幡良三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「当裁判所昭和三九年(ケ)第五九号及び同第七二号不動産任意競売事件について、同裁判所が作成した売却代金交付計算書中、被告に対して合計金九六三万七九九一円を配当することとした部分を取消し、これを全額原告に対して配当することとする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人はその請求の原因等を次のとおり述べた。

一、1 原告は、(イ)別紙物件目録記載の各土地(以下本件土地と称する。)につき、原告の訴外奥川商工株式会社(以下奥川商工と称する。)に対する昭和三七年四月一日附商業取引契約に基く債権を被担保債権とする債権極度額二、五〇〇万円の根抵当権(昭和三八年八月二三日設定登記)を、(ロ)同目録記載の建物及び附属機械設備(以下本件建物等と称する。)につき、原告の奥川商工に対する昭和三八年八月二四日附商品取引契約に基く債権を被担保債権とする債権元本極度額五〇〇万円の根抵当権(同月二六日設定登記)を有していた。

2 原告は、本件土地について昭和三九年五月二六日奥川商工に対する合計二三一八万三四四三円の債権をもって前記(イ)の根抵当権実行のため競売申立をなし、当裁判所同年(ケ)第五九号不動産任意競売事件として同月二八日競売開始決定をえ、更に本件建物等について同年六月二二日奥川商工に対する四六〇万三三七八円の債権をもって前記(ロ)の根抵当権実行のため競売申立をなし、当裁判所同年(ケ)第七二号不動産任意競売事件として同月二三日開始決定をえ、両事件は一括競売に付されて昭和四〇年六月一六日午前一〇時の競売期日に九七九万三〇〇〇円で競落された。

3 裁判所は右競売代金の交付期日を同年八月二五日午後一時と指定し、各抵当権者らの債権届出に基き左記内容の売却代金交付計算書を作成した。

(1)  費用 一五万五〇〇九円

(2)  被告の約束手形金債権の遅延損害金 五六六万五六六九円

(3)  前同手形金元本債権 三九七万二三二二円

(4)  原告の前記債権の利息金遅延損害金 〇円

(5)  前同元本債権 〇円

(以下省略)

4 原告は右期日において右の配当に対し後記のとおり被告に右(2)及び(3)の合計九六三万七九九一円を配当すべき理由はなく、全額原告に交付されるべきであることを主張して異議を述べたが、その異議は完結しなかった。

二、1 本件土地及び本件建物等には、原告の根抵当権設定前の昭和三七年一二月二九日に訴外株式会社埼玉銀行(以下埼玉銀行と称する)のために、同銀行の奥川商工に対する同日附銀行取引契約に基く債権の担保のため債権元本極度額二〇〇〇万円の根抵当権(以下本件根抵当権と称する。)が設定され、昭和三八年一月一八日その登記がなされていた。右銀行取引契約とは手形割引契約、継続的貸付契約、当座貸越契約、継続的支払承諾契約、根保証契約、継続的外国為替取引契約及び奥川商工の振出も引受・裏書若しくは保証した手形上の債務に関する継続的手形取引契約を含むこれらの総称である。

2 そうして昭和三八年一一月二一日埼玉銀行、被告、奥川商工三社間の債権並に根抵当権譲渡契約により埼玉銀行は奥川商工との間の右銀行取引契約を合意解約し、同会社に対する債権を左記のとおり総計四四八五万〇五九二円と確定したうえこれらの債権と共に本件根抵当権を被告に譲渡し、同月二六日その旨の附記登記を経たものである

(1)  奥川商工の依頼により埼玉銀行が割引いた鈴与志木材株式会社等振出の約束手形(割引商業手形)四六通の手形債権 合計二八二八万四〇一八円

(2)  埼玉銀行の奥川商工に対する手形貸付による貸金債権 五〇〇万円

(その支払のため振出した約束手形四通の手形金合計額)

(3)  訴外太陽木材工業株式会社が埼王銀行(名古屋支店)において割引を受けた奥川商工振出の約束手形二通の手形債権 合計二三四万七一七七円

(4)  被告が埼玉銀行(浅草支店)において割引を受けた奥川商工振出にかかる約束手形二通の手形債権 合計九二一万九三九七円

三、しかしながら、被告が埼玉銀行から譲り受けた債権のうち、本件根抵当権の被担保債権たりうるのは前記(1)及び(2)の各債権のみであり、前記(3)及び(4)の各債権合計一一五六万六五七四円は本件根抵当権によって担保されえないものである。即ち、

(一)  本件根抵当権の被担保債権は前記銀行取引契約に基いて発生する債権であり、結局埼玉銀行が奥川商工に対してなした与信を担保するものであるから、奥川商工と埼玉銀行との間の直接の銀行取引つまり両者間の各種預金取引、手形割引、手形貸付、証書貸付等の取引によって発生する債権に限られるべきものである。前記のとおり両者間の銀行取引契約に含まれている「奥川商工の振出引受裏書若しくは保証した手形上の債務に関する継続的手形取引契約」も、継続的手形「取引」契約である以上、あくまでも埼玉銀行と奥川商工との間の直接の手形取引に関するものでなければならない。「取引」とは或る行為の直接の当事者間に生ずるものであって直接の当事者でない者にとってその行為が取引となることはありえないところであり、そのことは手形に関しても同様に解すべきであって、手形の振出、裏書をした者は以後その手形が転々流通する都度その各流通取引の当事者となると解することは「取引」の概念を拡大し過ぎるものである。前記(3)の債権は埼玉銀行と太陽木材工業株式会社との間の、(4)の債権は埼玉銀行と被告との間の各銀行取引に基くものであり、奥川商工はその手形振出人として所持人となった埼玉銀行に債務を負担したにすぎないから、右手形取引契約に基く債務とは認めえず、本件根抵当権の被担保債権とならないものというべきである。

仮に右「継続的手形取引契約」は、埼玉銀行が第三者との取引によって取得した奥川商工の振出等にかかる手形上の債権を本件根抵当権の被担保債権に含ませる趣旨であるとするなら、かかる合意は担保権の本質的属性である債権への附従性に反するものであるから無効である。抵当権に関する民法の建前を前提とする以上根抵当権の附従性の緩和にも自ら限界が存し、根抵当権はその成立及び存続について少くとも、その被担保債権が一定の契約関係に基いて発生し、将来において確定する可能性があることが要求される。根抵当権者が第三者との取引によって取得した債務者に対する債権は、根抵当権者と債務者との間の契約関係により生じたものではないから、被担保債権となり得る余地なく(このことは手形債権に関しても全く同様である。)、かかる偶発的な不特定の者に対する与信を担保する旨の合意は、根抵当権の債権への附従性に反するものとして無効というべきである。

(二)  又埼玉銀行と奥川商工との間に被告主張のとおり、奥川商工が埼玉銀行に対して負担する債務について埼玉銀行に担保を差入れた場合には奥川商工の負担する一切の債務に対して共通担保とする旨の約定(いわゆる共通担保契約)が存したことは認めるが、右約定は本件根抵当権設定の基本契約となっておらず、又かかる約定は前同様抵当権の債権への附従性に反し、かつ抵当権に関する限り現行法上明らかに否定されている抵当権の他の債権担保への流用を認めることとなるものであるから無効と解すべく、従って右約定を根拠として被担保債権の範囲を定めることはできない。

(三)  実際問題としても手形割引の際の与信は銀行から割引依頼人に対してなされるものであり、現在の手形割引の実情は銀行は割引依頼人に対する関係で一定の割引枠を定めてそれに見合う担保を提供せしめ、かつ割引手形に不渡事故の生じた場合における割引依頼人の手形買戻義務を厳格に定めている。その手形の振出人の資力信用については、これをも重視することは勿論であるが、それは満期に手形金を容易に入手できることが望ましいからに過ぎず、従って、重視するのは期日に手形金を支払えるか否かという一般的資力信用状態であって担保の有無ではない。割引によって取得した手形が不渡となった場合、銀行は手形振出人の責任を追求することなく直ちに割引依頼人にその手形を買戻させているのである。従ってたまたまその振出人がその銀行と取引関係があり信用授受のため担保を提供していたとしても、その担保によって信用授受関係のない手形債権が担保されるいわれはなくその必要もない。

四、そうして、被担保債権たりうる前記(1)及び(2)の各債権は左記の理由により消滅している。〈省略〉。

五、1 仮に前記主張が認められず、本件根抵当権の被担保債権が残存しているとしても、埼玉銀行は本件根抵当権の譲渡にあたり、奥川商工との銀行取引契約を解約して本件根抵当権を二〇〇〇万円の確定債権を担保するものとして譲渡したものであるから、本件根抵当権は確定債権を担保すべき本来の抵当権へと変容するに至ったものであり、従ってその段階において被担保債権はその適格を有する前記(1)(2)の各債権計三三二八万四〇一八円のうちいずれの債権計二〇〇〇万円であるかが確定されなければならず、本件競売売得金配当時において未だ弁済されていないというだけで漫然と本件根抵当権の被担保債権として配当要求することは許されない。

2、又仮に以上の主張が認められないとしても、本件の如く抵当物に後順位抵当権者があり、先順位の抵当権者は他に自己が債務者である預金債権等に対する質権をも有している場合には、先順位者はまずもって質権の目的たる債権によってその被担保債権を清算し、その余剰についてのみ抵当権の実行或いは配当要求をなすべきであり、自らが債務者である債権質を放置しておいてまず抵当権について配当要求することは権利の乱用というべきである。従って本件における被告の配当要求は権利の乱用として許されない。

六、以上の理由によって本件競売代金中九六三万七九九一円を被告に配当すべき理由はなく、右は全額原告に配当交付すべきものであるから、売却代金交付計算書をその旨変更すべきである。

被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁等として次のとおり述べた。

一、原告主張一、及び二、の事実を認める。

二、原告主張二、2、欄記載(3)及び(4)の各債権も本件根抵当権の被担保債権たりうるものである。

(一)  埼玉銀行と奥川商工間で締結された「奥川商工の振出引受裏書若しくは保証した手形上の債務に関する継続的手形取引契約」は、「手形割引契約」「継続的貸付契約」等と併列的に締結されたものであり、又文理上からも、奥川商工振出或いは裏書の手形をその所持人が埼玉銀行で割引き埼玉銀行がその手形債権者となった場合を含むこと、むしろその場合を対象とするものであること明らかである。右に「取引」とは奥川商工の振出裏書した手形によって負担し、又は負担するに至るべき債務で、しかもそれが奥川商工自らの割引又は借入によって負担した債務以外のものについてもその履行を約することを意味するものである。何故なら、手形が流通証券であり、通常の売買等とは異なり、多数人との間に法律関係が発生し又は発生するに至るべきことを予定しての銀行との契約であるからである。原告の主張は「取引」の観念につき通常の場合と流通証券たる手形の場合との差異を無視したものである。担保権の附従性とは、それが債権担保を唯一の目的として存在するという担保権の存在目的から導かれる法律的性質にすぎないものであり、被担保債権が成立する可能性があれば足り、その可能性は必らずしも法律上のものたるを要せず実際取引の客観的事情に基きその可能性あれば足りるものである。そうして抵当権の如く信用授受の媒介となることを存在目的とする担保権にあってはその適用が緩和され、究極には担保物権の実行の時においてその価値取得を適法ならしめるために債権が存することを要求するにすぎない。

(二)  仮に右の主張が認められないとしても埼玉銀行と奥川商工との間には昭和三七年一〇月一日付約定書をもって、奥川商工が埼玉銀行に対して負担する手形上の債務その他一切の債務について埼玉銀行に担保を差入れた場合にはその従属する債務を担保するは勿論、その差入の前後に拘らず奥川商工の埼玉銀行に対して負担する一切の債務について共通担保とする旨の約定がなされているから、前記(3)(4)の債権も、本件根抵当権の被担保債権となりうるものであること明らかである。

(三)  のみならず、金融機関は、手形割引をなす場合割引依頼者の資力もさることながらその手形振出人の資力を重視する。そうして多数の金融機関が多行に及ぶ手形割引をなし、その決済、支払関係が相互に密接な関係を有するに至っているため、金融機関は手形割引等によってある者に信用を与える場合、それによって生ずる相互に複雑な関係で結ばれる債権を担保するため、ある者の「振出引受裏書もしくは保証した手形上の債務」についてもその担保方法を考え、かつ実行しているのである。右包括的な債権担保方法は、手形の形式性画一性等の特色と相まって手形の信用を維持し、更には信用経済の秩序を形成しているのである。右の如き担保方法を無効とし、被担保債権の範囲を限定するときは、手形の機能、金融機関の役割を阻害するものである。原告の主張は手形取引の実情を無視したものというべきである。

三、〈以下省略〉。

理由

一、原告主張一及び二の事実については当事者間に争がない。

二、原告主張二、2欄記載の債権中、(3)及び(4)の債権即ち訴外太陽木材工業株式会社及び被告がそれぞれ埼玉銀行で割引を受けた奥川商工振出にかかる約束手形計四通の手形債権合計一一五六万六五七四円が本件根抵当権の被担保債権となりうるか否かにつき判断する。本件根抵当権の設定契約においては、担保される債権を埼玉銀行と奥川商工との間の昭和三七年一二月二九日附銀行取引契約に基く債権とし、右銀行取引契約とは手形割引契約、継続的貸付契約などのほか奥川商工の振出、引受、裏書もしくは保証した手形上の債務に関する継続的手形取引契約を含むものとして合意したものであることは、当事者間に争のないこと前記のとおりであり、右契約文言及び弁論の全趣旨から、奥川商工が第三者に対して振出した手形をその所持人が埼玉銀行で割引いたため同銀行が手形所持人として奥川商工に対して取得するに至った手形債権をも、右にいう継続的手形取引契約に基くものとして、本件根抵当権の被担保債権とする趣旨であると認められる。そもそも根抵当権設定契約がいわゆる包括的根抵当権の設定の場合であっても、被担保債権の極度額の定めがある以上第三者である他の債権者に不測の損害を及ぼすおそれは全くないものであるから、契約自由の原則上その効力を否定しえないものと解すべきであり、まして、本件の如く銀行取引に基く債権、しかもその中に奥川商工の振出、引受、裏書もしくは保証した手形上の債権を含む趣旨を明らかにして、これらの債権を被担保債権とするものとした合意を無効とすべき理由はない。従って原告主張の前記手形債権もまた本件根抵当権の被担保債権たりうるものである。

三、そうである以上、被告の有する本件根抵当権の被担保債権は、原告のこの点に関するその余の主張、即ち原告主張二、2欄記載(1)の債権中、三九通額面合計二二一六万八三四八円が既に支払われていること(このことは当事者間に争がない。)、原告主張二、2欄記載(2)の債権中、昭和三八年九月二六日貸付分七〇万円の担保のため質権を設定していた約束手形五通額面計六九万九三七五円を、被告において質権を譲り受け、その手形金の支払を受けたこと(このことは当事者間に争がない。)が質権の実行による弁済と解すべきであること、ならびに本件根抵当権の被担保債権と同じ債権を担保するため根質権を設定していた、奥川商工の埼玉銀行に対する定期預金及び定期積金債権合計一一〇八万円につき被告は根質権を譲り受けかつその債務を引受けたものであるところ、その債務を履行期が過ぎたのに履行していないこと(このことは当事者間に争がない。)を質権の実行と同視すべきであるとの主張を、いずれも原告の主張どおりであるとしても、なお元本のみでも本件競売代金交付額を超える一〇九〇万二八六九円となること計算上明らかであるから、右原告の主張の当否につき判断するまでもなく被告が本件根抵当の被担保債権を有しないとの原告の主張は理由がないこと明らかである。

四、なお原告主張五、1欄記載の原告の主張は、埼玉銀行と奥川商工との間の銀行取引契約の解約清算(この事実は当事者間に争がないこと一、記載のとおりである。)により、本件根抵当権は確定した債権を担保すべき抵当権へ変容するに至ったものであること原告主張のとおりではあるが、その抵当権はなお二〇〇〇万円を限度としながらも確定された被担保債権全部を担保すべきものであるから、理由がなく、又、原告主張五、2欄記載の権利乱用の主張も前記のとおり訴外太陽木材工業株式会社等が埼玉銀行で割引いた奥川商工振出の約束手形の手形債権も本件根抵当権の被担保債権たりうると解すべく、従って被告においてまず預金等に対する質権の実行をなしたとしても、なお本件競売代金の交付を受けうべき被担保債権を有するものである以上、その理由がないこと明らかである。

三、以上の理由により、本件競売代金中費用を除く九六三万七九九一円は被告に交付すべく、原告に配当すべきものは結局なく原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし〈以下省略〉。

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